元商社マンによるシドニーでの戦い

シドニーでの生活、転職、仕事のことなどなど。海運業 => 総合商社 => プログラマー(Sydney)。

大学時代

生い立ちから就職活動前まで。

2016/08/29

おはようございます。Ruです。

まず、私が平凡な家庭から、どのような人生を歩み、今海外で働いているのかを読者の皆様にお伝えしたいので、生い立ちからできるだけ詳しく書きたいと思います。

生まれは福岡県でその後、3歳から山口の田舎で祖父母と共に暮らしていました。両親は共に大学にいっておりません。4歳の頃、交通事故で母を亡くしました。私もその車に同乗してましたが、横になって車の後部座席に寝ており、軽度の怪我ですみました。いまでも事故直後の光景は覚えています。秋雨の暗い天候の昼過ぎでした。母が守ってくれたのだと信じています。

その後は、山口高校に行きましたが、帰宅部でグータラと過ごしていました。学校のおわりによく山口の商店街にいき、友人とチョコレートパフェを食べていた思い出があります。その彼とは、いまも親友です。成績は真ん中ぐらいでした。数学だけはソコソコ得意で、学校で一番になったこともありました。でも、それだけです。

山口の実家の風景

山口の実家の風景

 

山口の通った小学校へ続く道

山口の通った小学校へ続く道

 

大学受験は山口から近く、また金銭的な理由から国立縛りで、九州工業大学に行きました。私の家庭は誰も大学にいってないので、これでもすごいね、よく頑張ったと褒めてもらいました。

大学時代は、これまた普通でした。飲食店のバイトを週5程度でして、月10万ぐらい稼いでました。初バイトは、かの有名なワタミです。あそこはやはり大変で、とくに社員の方の労働環境の悪さが印象に残っています。朝まで働いて、朝の6時頃から飲みにいっていた記憶もあります。これでいて、月の手取りは15万程度(店長で)という待遇でした。

大学三年生の時にちょっとしたターニングポイントが訪れます。ようやく真剣に将来の仕事のことを考えるようになりました。そして、なんとなく劣等感のあった非高学歴であることを克服したいと思うようになりました。高学歴の人とは、大企業で働く人とはどんな人なんだろうと、田舎の大学生は思うようになりました。当時は、周囲に大企業勤めの方も、高学歴の友人もいなかったので、純粋に好奇心がありました。

丁度その頃、会計士で経済評論家の勝間さんが登場した頃で、彼女の本を読んで以来、多くの本を読むようになりました。その勝間さんの本には、分かりやすく本を読みなさい、本を読むことで自分に投資しなさいと書かれており、素直に実行しました。週2冊かそれ以上は読んでいたと思います。何十冊と読んでいるうちに、様々な価値観、世界をなんとなくですが、知れたような気分になりました。これまで、山口県と福岡県の田舎で過ごしてきた普通の大学生は、もっと違う世界をしりたい、海外に行ってみたい!と思うようになりました。

そこで、大学の留学プログラムを調べてみると、University of technology, Sydneyへの交換留学がありました。留学には、TOEFLまたはIELTSのスコアが必要だと知り、すぐに英語の勉強を始めました。締め切りまで、6ヶ月あったと思います。当時のTOIECのスコアは400点ぐらいでした。この頃から、バイトも週一程度にへらし、読書と英語の勉強にすべての時間を捧げていました。移動時間もiPhoneで英語を聞き、家では必死に音読をしていました。そして、ラストチャンスの英語の試験のため、神戸市外大までいきました。前日入りで東横インに宿泊しましたが、緊張と気負いからか、前日は寝苦しかった記憶があります。

そして試験が終わりました。手応えのなさに、試験場からの帰宅の際に涙を流した記憶があります。ダメだろうと思い、試験後は留学を半年遅らせてもう一度チャレンジするつもりで勉強を再開しました。試験後、約一ヶ月ぐらいだったか、ネットでのスコア発表の日です。駄目だとは思っていましたが、少しばかり期待しながらスコアをみると、なんと基準ラインスレスレの点数に達していました!この時は、一人で叫んだ記憶があります。本当に努力を続けた後に、ほしい結果が得られた時のあの達成感は非常に気持ちのいいものでした。頑張り続けることの大切さを身を持って時間することができた、英語の試験対策でした。

そして、University of Technology, Sydneyに約一年間留学しました。この時には、経済、ビジネス、工学など、自分の興味のある分野を選択し、すべての単位を取得することができました。当時は初めての海外生活で、外国人の生徒と話しているだけでワクワクしていたものです。今は普通になってしまいましたが。 この時の経験から、将来は絶対駐在したいと思うようになりました。また、留学中には、自分のいた大学では出会うことのできない日本人の留学生にも出会いました。(九州工業大学のある北九州では、九工大の学生は優秀だ、天才だ!と言われてましたので)男性は二人だけでしたが、横浜国立大のK君と、東工大のK君です。私の会いたかった、高学歴の人たちですね。 彼らとは、毎日のようにランチをしたり一緒に大学のイベントに参加してました。しかし、いざ会ってみると、いい意味で普通なんです。優秀ですよ、彼らは。でも、おなじ大学生なんです。彼らと過ごす中で、自分も、いわゆる難関といわれる、総合商社や、海運3社に挑戦してみようという気になりました。駐在いけるみたいだし、給料もよさそうだしと、そんな印象しかなかったように思います。

留学した大学のビジネススクール

留学した大学のビジネススクール

 

就職活動については、次回より詳しくお伝えしたいと思います!

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